HERE COMES THE SUN

太平洋の南の島マーシャル諸島からの日記です

日本語のボランティア活動

ハルカの学校で日本語のボランティアを始めて、ちょうど1年になる。海外に住んでいると、給料をもらって働くことは容易ではない。労働ビザを持っていないと、その国で働くことは許されないから。パートやアルバイトもダメ。その点、ボランティアなら自由。最近、ボランティアの楽しさがようやくわかってきた気がする。以前は、私のボランティアのイメージとは、無償で雑用などを働くこと。ただそれだけ。高校生のときに授業で体験したボランティアがそうだったから、そういうイメージになってしまった。私にとってボランティアは、特に面白いことのように思えなかったし、給料をもらえない仕事にやりがいはあるのか、やってもやらなくてもいいような仕事なら、自分の中で責任をもって真剣にできない、と思っていた。学生の頃、テスト前に頑張って勉強をするとその分成績も比例して、テストの点数に現れた。だから自分の頑張りが点数で評価されることを、社会人になったときもそのまま、自分の頑張りは給料で評価されるような気持ちを持っていた。その後、仕事内容と給料の関係は、テストと点数のような単純な関係ではない、ということも知ることになったけれども。

いま私はハルカの学校の日本語クラスで、週3回先生のアシスタントのボランティアをしている。それと知り合いの子に個人指導で週2回ボランティアで日本語を教えている。続けてられている理由は、日本語を勉強している高校生と接するのが楽しいし、生徒たちの成長を身近に見られるのも面白いから。私が授業にお邪魔する事を快く受け入れてくれる先生もいる。それに学校に頻繁に行くので、先生や校長先生と話す機会も増えて、学校の情報も入るし、我が子の様子も学校の中からよくわかるようになる。さらに学校では生徒も先生もみんな英語なので、私が英語を話す時間がグンと増え、ここ10年間進歩のなかった私の英語力が、階段ひとつ分ぐらい上がったような実感がある。何より教室で小さなことでも、生徒から「ありがとう」と言われると嬉しい。私にとって働くことのやりがいは、自分が少し努力をして、その結果誰かの何かの役に立てた喜びを感じる事にあるのだと気づいた。それは給料をもらえる仕事でも同じ。もしかしたら、給料がない分、手っ取り早くその喜びを得られるのがボランティアなのかもしれない。

初めてボランティアをちゃんとやってみたことで、私の中でボランティアのイメージは大きく変わった。ボランティアって、他人のために無償奉仕するのが目的なのではなく、結局それが相手にはもちろん、自分にも良いことにつながるから自主的にするものなんだな、と。自分にも学べることがある、メリットがある、やりがいがある、楽しい、そういうボランティアなら、続けられると思う。

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